2019220

 

京都大学総長 山極壽一様

 

満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会

 

共同代表 鯵坂真、池内了、広原盛明、松宮孝明、山本啓一

 

事務局長 西山勝夫

学位論文における研究活動上の不正行為に関する調査結果について (2019年2月8日付通知)に対する異議申し立て

 

通知に記された「本調査は実施しない」という結果に対し、以下の理由で異議を申し立てます。

 

 

 

. 調査結果の記載内容についての異議申し立て

 

1. 「サル」の頭痛、「サル」の体温について             

 

(1) 当時、対象論文著者がどのようにしてサルの「頭痛」を判断したかについて何ら調査されていないこと。

 

予備調査結果が「著者がどのようにしてサルの『頭痛』を判断したかは記載されていない」と認めているように、明確に頭痛であると判断した方法が記載されていないことは明らかである。にもかかわらず、「何らかの行動指標によって頭痛が起きているものと判断していたと推察できる」とあるのは、まさしく「憶測を根拠」にしているのではないか。「何らか」とか「推察できる」とあるのは、科学論文に対する評価として失格であるためである。事実、行動指標は対象論文には一切記載されておらず、予備調査結果に記述されている「頭痛様行動」は近年に成された文献を引用したものであるから、それに基づく「推察」は「憶測を根拠」したものに当たる。

 

 

 

(2)「サルの体温」に関する記載が信用し難い結果であること。

 

「サルの体温の測定条件によってはサルの昼間の体温変動はヒトの体温変動と似ている場合があると判断することは可能である」としているが、「体温の測定条件」についての記載がないにもかかわらず、サルもヒトも体温のサーカデイアンリズムがあることのみを以って、このように判断することも「憶測」ではないか。また、文献5に図示された2匹の猿のうち1匹が39℃の最高体温を示したのはせいぜい2日であり、もう1匹は39°Cに達していない。つまり、文献5は、むしろ「サルが39℃以上の体温を5日間持続させることはあり得ない」ことの証拠となっており、対象論文に記載された「39度以上ヲ5日間持続シ」とあるのは実験動物が少なくともサルではないことを示しているのではないか。

 

 

 

(3) 当該特殊実験の条件が何ら明示されていなこと。

 

予備調査結果において、「当該特殊実験がどのようなサルを用いて、どのような方法で、いつ体温を測定したのかは不明である」ことを認めているように、実験を行う基本条件が何ら明示されていない対象論文をそのまま受理して学位を授与したとは、厳正な学位審査を行なうべき学術機関」として重大な過誤があったと言わざるを得ない。このことは率直に認め、対象論文内容の妥当性について本調査をすべきである。

 

 

 

2. 当時の医学、サル学との整合性について

 

(1) 当時の医学では「訴え」はどのように定義されていたか。

 

当会が指摘した実験に使ったさるの頭痛と体温の実験結果について、予備調査結果では「サルを対象とするものではなかったと断定できない」、「実験対象がサルでなくヒトであると結論付けることはできない」としており、「サルである」と証明したわけではない。当時の医学界あるいは京都大学医学部では「特殊実験」「さる」と言えば何を意味するかは周知のことであり、わざわざ上記1(3)で指摘したような記載がないことは、学位審査当時においては当然と考えられていたのではないか。この点について予備調査結果に異議を申し立てる。

 

 

 

(2) 近年の参考文献の引用は無意味で、論拠として使うべきではない。

 

予備調査結果において示されている参考文献12は、ごく近年になって発表された知見に基づいたものであり、対象論文が出された時点においては全く未知の結果なのであるから、それを論拠にして「断定できない」「結論付けることはできない」とする論理構成は成立しないことは明らかである。その意味で、あくまで当時の知見の範囲内で、サルの「頭痛様行動」が事実として断定できるかどうかを判断すべきであり、むしろサルではなくヒトと見做す方が当時の医学的判断と整合的であるなら、それを採用すべきである。

 

言い換えれば、1945年に対象論文が提出され、学位授与に値するとされたのであるから、1945年当時の科学的知見に遡り参照した「理由」の検討がなされるべきである。それにもかかわらず予備調査結果ではその点について検討した痕跡すら認められない。この点について予備調査結果を再検討するよう申し立てたい。

 

 

 

(3) 通知が依拠した現在の知見に基づく検証は「科学的合理性」に欠ける

 

 歴史的事象を検証する場合、現在の知見に基づいて判断を行うことは「科学的合理性に欠ける」ということについては今や常識である。研究がより進んだ現在の知見によって過去を裁断することは公正でないためであり、また後知恵でしかないためである。予備調査結果の、特に「頭痛様行動」については、その後に得られた知見を基にして、対象論文著者に不正の意図は読み取れないと言っているに過ぎない。例えば、当時のサル学の知見がどんなものであったかを調査し、対象論文の頭痛や体温についての記載が当を得たものであったかを検証しなければならないのではないか。この点の検証を行うよう申し立てたい。

 

 

 

(4) 「サル」がペスト菌に感染すれば、ヒトにも感染するといえる知見が確立されていたことを示す調査結果が示されていない。

 

予備調査結果によれば、予備調査では、対象論文中の「さる」は「サル」ではないと言い切れないかどうかを調査したに過ぎないのだが、これが成立するためには、「サル」がペスト菌に感染すれば、ヒトにも感染するといえる知見が当時確立していたという前提が欠かせない。対象論文の核心は、イヌノミペスト菌がヒトにも感染するという新知見を得たことにあるのだから、このような前提条件に関する知見についての調査が不可欠であるが、予備調査結果にはその点の調査の痕跡すら見られない。この点の調査を行うよう申し立てたい。

 

 

 

. 「研究活動上の不正行為」の可能性の検討についての異議申し立て

 

1.  予備調査の主題に関する検討がなされていない。

 

予備調査結果においては、予備調査の主題は「使用された動物がサルであったかヒトであったかの検証」とされ、その結論に示されているように「使用された動物がサルであるということを明確に否定できるほどの科学的合理的理由がない」という命題の検証に矮小化している。

 

しかし、当会は、対象論文に対する当会の疑いは当たらないとするためには、「使用された動物が明確にサルである」という証明、もしくは「使用された動物がヒトであるということを明確に否定できる」ことが証明されなければならないと考える。しかるに、予備調査結果によれば、そのような具体的結論を得る調査は全く行われておらず、不十分であることは否めない。

 

 

 

2.  「研究活動上の不正行為」あるいは「非人道的な人体実験」の可能性が極めて高いことが調査されていない。

 

対象論文の共著者ともとれる石井四郎陸軍軍醫中將は、同論文表紙に記載されているとおり滿州第七三一部隊の部隊長であったこと、対象学位授与者の陸軍軍醫少佐平澤正欣は滿州第七三一部隊の隊員であったことは周知の事実である。

 

そして、満洲第七三一部隊は細菌兵器の開発・実戦使用のために非人道的な人体実験を常套手段としていたことも周知の事実である。七三一部隊の実験では「ヒト」を「さる」と称することがなされており、先に述べたように当時の医学界あるいは京都大学医学部では「特殊実験」「さる」といえば何たるか知られていた。以上から、対象論文の「非人道的な人体実験」の可能性が極めて高い。すなわち本件に準用される「京都大学における研究活動上の不正行為に係る調査要項」(以下、要項)の「予備調査の事項」の第1項にあげられている「通報がなされた研究活動上の不正行為の可能性」が極めて高い。このような「過去」の履歴を考慮した調査がなされるべきではないか。

 

参考のため、対象論文の審査員の状況を付記しておく。

 

審査員の病理学病理・解剖学第一講座担任していた杉山繁輝教授は石井四郎と同門で同年京都帝国大学医学部卒の年下であった。審査員の戸田正三衛生学講座担任教授は元医学部長であり、以前に学位審査した教官などの731への配属に関わっていた。審査員の木村廉医学部長・微生物学講座担任教授も以前に学位審査した教官などの731への配属に関わっていた。

 

 

 

. 結論

 

以上の理由により、通知の結論において、「要請書におけるねつ造の疑いの根拠には本調査を要するほどの科学的合理的理由がない」としていることは当らず、予備審査結果に異議申し立てを行い本調査の実施を求める。

 

なお、「著者に対するヒアリングも不可能」としているが、対象論文の著者の没後に非常に短期間で学位の申請から授与までがなされていることには言及しておらず、「厳正であるべき学位授与機関」として当時の教授会に問題がなかったかの調査をなすべきである。そもそも学位授与過程においてもはやヒアリングが不可能であって、学位の公正な審査が行われ得たか疑問が生じるためである。また、「対象論文を科学的に検証するための実験ノートや生データが存在しない」と述べているが、これに対しても何らかの調査を行った痕跡すら認められないことも付記しておく。

 

 

 

付記

 

今回の経緯から、以下の点について要望したい。

 

1.    コンプライアンス推進本部連絡会などの議事録を開示すること。

 

2.    要項の第8条に沿い、異議申立の内容を審査した結果、再度の予備調査の実施若しくは本調査の実施を決定したときは、当該実施決定及びその理由並びに調査委員会委員及び部局調査委員会委員の所属及び氏名を速やかに当会に通知すること。

 

3.    要項の第14条、第15条に沿い、調査結果の通知を150日以内に行うこと。なお、150日を超える場合には、速やかにその理由と中間結果を当会に通知すること。

4. 要項の第6条に沿い、当会に対する不足する資料の請求、ヒアリングを実施すること。